kenが創るペパクラの世界A4 1枚で作るノスタルジックカー「プチN」 (プチっと ノスタルジックカー)
完成したら、画像を投稿して下さいね!!  みんなのショールーム」に展示します。   
プチNのロゴ、ネーミングは、「METMANIA」さんのmasaさんのものを一部使わせてもらってます。
タイヤは、「ハチロクMONO」さんのゆきちゃんさんのものを一部使わせてもらってます。
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NISSAN Sunny Coupe 1200GX (KB110)
 1966年4月に登場した日産の意欲作、サニー1000は、合理的な設計による優れた動力性能をもった車であった。 しかし、同年11月にトヨタが高級感のあるライバル車「カローラ1100」を投入すると、たちまちそのシェアを奪われてしまった。
 その合理性が仇になったサニーは、'70年に、装備と車両クラスをアップした新型サニーを投入。後にサニー史上最高傑作といわれる、B110型の登場である。
 初代の美点を生かしつつ、その欠点を補うというコンセプトで開発されたB110は、初代に比べより高級感をもったスタイリングを採用し、車体サイズは若干拡大された。メカニズムはフロントサスペンションをマクファーソン式に変更。 ブレーキもフロントをディスクに変更した。 搭載エンジンは先代にも搭載されたA型。だが、排気量を1200ccに拡大。
 さらに登場から3ヶ月後に登場したスポーティグレード“GX”にはSUキャブレターを2基装備。最高出力83psの高性能を誇った。 それは、先代に比べ100cc大きい排気量で登場し、「プラス100ccの余裕」とうたったカローラに対するサニーの反撃であった。
 この、カローラより100cc大きいエンジンを武器に、日産は「隣の車が小さくみえま〜す」というキャッチコピーでサニーを宣伝。 販売成績はほぼ互角となった。
 しかし、販売戦略はやはりトヨタの方が上手だった。'70年5月に発売された2代目カローラは、排気量をB110よりさらに200cc大きい1400ccに拡大。 分かりやすいセールスポイントでユーザーにアピールし、再びサニーを引き離した。これに対抗して日産はサニーの拡大版である「エクセレントシリーズ」を発売するがカローラには及ばず、結局B110型は'73年にトラックを除いてB210型へとモデルチェンジ。
 トラックが南アで'08年9月まで生産される超ロングライフ車であったのに対し、乗用モデルはわずか3年5ヶ月という短い販売期間であった。
 が、B110の本当の活躍は、生産終了後も異例の長さで続くことになるのである・・・

ということで、B110サニークーペ1200GX前期型です。皆様、大変お待たせしました。
 ついに3年の封印を解くことができました。組み立て難易度は上がっていますが、その分描き込みのクオリティはかなり向上していると思います。
 さらに、本作からは前輪ステアに加えて前後サスペンションを可動式にしました!調整して是非机の上で様々な姿勢にして楽しんでください。
 ノスっと 037(ZIP) ホワイト NISSAN Sunny Coupe 1200GX (KB110)  1970 公開 2011.12.31(15歳)
 ノスっと 038(ZIP) ブルー  NISSAN Sunny Coupe 1200GX (KB110)  1970 公開 2011.12.31(15歳)
 ノスっと 039(ZIP) ブラウン NISSAN Sunny Coupe 1200GX (KB110)  1970 公開 2011.12.31(15歳)
 ノスっと 040(ZIP) グリーン NISSAN Sunny Coupe 1200GX (KB110)  1970 公開 2011.12.31(15歳)
>>> NISSAN Sunny Coupe 1200GX (KB110)組立説明
NISSAN BLUEBIRD 1600 Coupe SSS
NISSAN BLUEBIRD 1800 Coupe SSS
 先代410型の失敗を見事に払拭し、先代410型での失敗を取り返した510ブルーバード。しかし、それを黙って見ているトヨタではないかった。トヨタはコロナにマイナーチェンジを実施。大幅な値下げと共に、日本初のハードトップ車、コロナ・ハードトップを登場させた。セダンより42mm低い全高と、Bピラーのないスタイリッシュなフォルムは、人々を魅了した。
 この人気に対抗して、日産も1968年にブルーバードをマイナーチェンジ。同時に追加モデルをラインナップに加えた。それがブルーバード・クーペだ。
 セダンと比べCピラーが思い切り寝かされ、全高も15mmダウン。また、Bピラーが残されたことにより車両重量アップもわずか5kgに抑えられ、ボディ剛性も確保された。テールランプにはブレーキング時などに独特の点滅を行うフラッシャー・ランプを採用。当然トップグレードの1600SSSも設定され、1970年には1800SSSも追加。真正面からコロナに勝負を挑んだ。

ノスっと029&033(ZIP)  ホワイト        NISSAN BLUEBIRD 1600 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
 ホワイト        NISSAN BLUEBIRD 1800 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
ノスっと030&034(ZIP)  レッド         NISSAN BLUEBIRD 1600 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
 レッド         NISSAN BLUEBIRD 1800 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
ノスっと031&035(ZIP)  グリーン        NISSAN BLUEBIRD 1600 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
 グリーン        NISSAN BLUEBIRD 1800 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
ノスっと032&036(ZIP)  サファリ ブラウン  NISSAN BLUEBIRD 1600 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
 サファリ ブラウン  NISSAN BLUEBIRD 1800 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
>>>NISSAN BLUEBIRD 1600SSS 組立説明
>>>NISSAN BLUEBIRD 1800SSS 組立説明
NISSAN BLUEBIRD 1600SSS
NISSAN BLUEBIRD 1800SSS
 1967年8月9日。1945年に長崎県に原爆が投下された日であり、この年の8月9日は仏滅。そんな日に510ブルーバードはデビューした。工場員は、旧型の410型の失敗を取り戻すべく、夏休みを返上して510を生産した。
 ボディデザインは先代の失敗に習い、「スーパーソニックライン」を基調とした直線的でシャープなものとなり、`66年のサニーの登場により、サイズも1.6リッタークラスにサイズアップされていた。
 エンジンは1.3リットルと1.6リットルの二本立て。型式は後に名機の名を欲しいままにするL16/L13型4気筒OHC。そして、L16型にSUツインキャブを装着した510最強のエンジンを搭載したのが1600SSS、スーパースポーツセダンだ。前モデルにはよりおとなしい「SS」(スポーツセダン)というグレードもあったが、510からはSSSのみとなった。OHCながら最高出力100psを誇るエンジンを支える足まわりは、フロントがストラット、リアセミトレーリングアームの4輪独立懸架。フロントディスクブレーキ採用(SSS)など当時としては先進的なメカニズムをもっていた。それだけでなく、1970年には1300シリーズの改良と同時に排気量が1770ccにスープアップされ、出力も15psアップされた1800SSSが登場した。

 今回は1969年に行われたマイナーチェンジ後の、通称前期2.5型の1600SSSと、1970年発売の1800SSSを製作しました。カラーもホワイト、レッド、グリーン、更にサファリラリー制覇記念の特別色、サファリブラウンも用意しました。色はZやハコスカにも設定されていたので、人とは違うZやハコスカを作りたい、という方は、サファリブラウンを流用してみて下さい。では。

ノスっと021&025(ZIP)  ホワイト        NISSAN BLUEBIRD 1600SSS  1969-70 公開 2008.10.19(12歳)
 ホワイト        NISSAN BLUEBIRD 1800SSS  1970 公開 2008.10.19(12歳)
ノスっと022&026(ZIP)  レッド         NISSAN BLUEBIRD 1600SSS  1969-70 公開 2008.10.19(12歳)
 レッド         NISSAN BLUEBIRD 1800SSS  1970 公開 2008.10.19(12歳)
ノスっと023&027(ZIP)  グリーン        NISSAN BLUEBIRD 1600SSS  1969-70 公開 2008.10.19(12歳)
 グリーン        NISSAN BLUEBIRD 1800SSS  1970 公開 2008.10.19(12歳)
ノスっと024&028(ZIP)  サファリ ブラウン  NISSAN BLUEBIRD 1600SSS  1969-70 公開 2008.10.19(12歳)
 サファリ ブラウン  NISSAN BLUEBIRD 1800SSS  1970 公開 2008.10.19(12歳)
>>>NISSAN BLUEBIRD 1600SSS 組立説明
>>>NISSAN BLUEBIRD 1800SSS 組立説明
NISSAN Skyline HT 2000GT-R (KPGC10)
 1970年、日産スカイラインはマイナーチェンジを受け、同時に追加グレードのハードトップが登場した。

キャッチコピーは、「ハートのあるハードトップ」。 
このハードトップ(以下HT)は、セダンに比べてホイールベースが70mm短縮され、全高は15mm低く、ボディは20Kg軽くなっていた。
当然セダンよりも運動性能は圧倒的に優れており、最強グレードはセダンからHTへと移った。すなわち、HT2000GT−Rの登場である。

 これに合わせて日産ワークスの主力は従来の4ドアGT−RからHTGT-Rに変わり、国内レース破竹の49連勝を成し遂げ、「もはやスカイラインの敵はスカイラインでしかない」とまで言わせしめた。
 しかしそんな中、GT−Rに最強の敵が現れる。 ファミリアロータリークーペやカペラ、サバンナGTなどのマツダロータリー勢である。マツダ勢は最初こそコーナーでGT-Rに大差を付けられていたが、基本的な車両特性は軽量、小型であり、ノーズヘビーで重いGT-Rに比べ有利。次第にその潜在能力を開花させていき、GT-Rは50連勝をマツダに阻止されてしまう。そしてサバンナRX−3に歯が立たなくなり、国内最速の座を奪われていった。

 1972年には、日産もC10系スカイラインに変わるC110系(ケンメリ)を発表し、同年の東京モーターショウにスカイラインレーシングを出展、翌73年1月にKPGC110系スカイラインGT−Rを発売する。 
しかし、スカイラインにまたもや不運が襲う。 
第4次中東戦争の影響による第1次オイルショックにより、燃費が悪かったGT−R用のS20型エンジンは、生産中止となり、日産は、在庫の195基のエンジンを使い切るという形で試作車2台、市販車195台計197台のGT−Rを生産した。 
その後GT−Rは、16年間作られる事はなく、1989年 R32〜1999年 R34が登場するが、2002年に生産終了、現在ではスカイラインから独立し、日産 GT−Rとして孤高のスーパースポーツの座を守り続けている。

 ボディカラーは、今回公開したものの他、「日産座間記念庫」に所蔵されている「サファリブラウン」があります。 これは、日産がサファリラリー3冠(フェアレディーZ、ブルーバード1600SSS)を記念して加えたカラーで、他にもフェアレディZ、ブルーバード1600SSS、同1800SSS、クーペSSSに採用されていました。
 ノスっと 018(ZIP) シルバーメタリック NISSAN Skyline HT 2000GT-R (KPGC10)  1970-72 公開 2008.4.19(11歳)
 ノスっと 019(ZIP) レッド         NISSAN Skyline HT 2000GT-R (KPGC10) 1970-72 公開 2008.4.19(11歳)
 ノスっと 020(ZIP) ホワイト        NISSAN Skyline HT 2000GT-R (KPGC10)  1970-72 公開 2008.4.19(11歳)
>>>NISSAN Skyline 2000GT-R (PGC10)組立説明 を参照下さい

 NISSAN Skyline 2000GT-R (PGC10)
 1966年5月3日、富士スピードウェイで行われた、「第3回日本グランプリ」で見事!! 勝利の栄冠を手にした、日本初のプロトタイプレーシングカーR380。 
 この車を作った「プリンス自動車工業」は、日本グランプリから3ヶ月後の1966年8月1日、日産自動車に吸収合併された。
 レースを制した「プリンス」の実力は「日産」でも認められ、全社員の雇用が守られた上に、メンバーは、開発の最前線に立つ事が出来た。

 「プリンス」の顔スカイラインも合併後の数年は、従来モデルのS54/S57系が販売されていたが、1968年から日産スカイラインとして後に「ハコスカ」の愛称で親しまれる事になるC10系スカイラインにモデルチェンジした。 
 C10は当初、旧プリンス系G18/G15エンジンを搭載していたが、数ヶ月後に日産手持ちの6気筒OHCエンジンL20を搭載し、フロントノーズを延長したスカイライン2000GTを発売。
 翌1969年には、R380に搭載されていたレーシングエンジンGR8型を公道用にデチューンしたS20型エンジンを積んだ2000GT−Rを発売した


 1969年5月のJAF GP でのデビューレースで優勝。 

しかし、その実体は、トップでチェッカーを受けた当時最大のライバルトヨタ1600GT5が走路妨害で失格となったための順位繰り上げによるもの・・・
実際にGT−Rがその性能を発揮するのは、1970年発売のHT2000GTRがワークスのレーシングカーとして採用されるのを待たねばならなかった。

今回は、「独り日産車祭」第3弾としてGTRの中では、一番のお気に入り「4ドアのスカG−R」のPGC10型を作りました。
前後のマスクパーツ交換で1969年前期型、1970年後期型が作る事が出来ます。
お好きな年式をどうぞ・・・

 ノスっと 015(ZIP) ホワイト        NISSAN Skyline 2000GT-R (PGC10)  1969-70 公開 2008.3.29(11歳)
 ノスっと 016(ZIP) シルバーメタリック NISSAN Skyline 2000GT-R (PGC10)  1969-70 公開 2008.3.29(11歳)
 ノスっと 017(ZIP) レッド         NISSAN Skyline 2000GT-R (PGC10)  1969-70 公開 2008.3.29(11歳)
>>>NISSAN Skyline 2000GT-R (PGC10)組立説明

 NISSAN Fairlady Z 432
 1969年、 Fairlady Zは、数々の苦難を乗り越え発売された。 特に飛び抜けていたのが最上級グレードの432である。
 432とは、搭載されていたS20型のスペック 4バルブ 3キャブレター 2カム と言われている。(が432を発売するかを検討した会議室の432号室という番号に起因しているとも言われている。)

 432は、発売当時価格185万円(マグネシウムホイール付)と性能も価格も飛び抜けていたため、当時の走り屋の憧れの的であったが、L24搭載の240Zおよび240ZGの登場と排ガス規制により、1972年に生産中止となる。 生産台数は、400台余りだけに留まり、現存する数は、240ZGに並び、少ない。。。
 また、レース参戦を予定していたドライバーのみにレース専用車432Rというモデルも生産されたが、生産台数は30台余りだった。

 ノスっと 013(ZIP) イエロー NISSAN Fairlady Z 432  1969   公開 2008.01.20(11歳)
 ノスっと 014(ZIP) ホワイト NISSAN Fairlady Z 432  1969   公開 2008.01.20(11歳)
>>> NISSAN Fairlady Z 432 組立説明

 NISSAN Fairlady 240ZG
 1965年日産本社に1台のクレイモデルがあった。 そのクルマはのちの1969年数々の苦難を乗り越えてフェアレディZとして市販化された。

 グレード構成は、当初スタンダードモデルのZ、カーステレオなどの豪華装備をつけたZ−L、そして、S20搭載の432があった。
 432は、価格も性能も飛び抜けていたため、多くのユーザーは、Z−LやZで我慢していた。 しかし、1972年北米市場で人気を誇っていたL24搭載の240Zと国内専用モデルの240ZGがリリースされた。
 L24型は、OHCであるが、400ccボアアップされているため、432と同等の性能でトルクも太くしかも整備性も良く価格も安い。
 ZGは、ノーズコーンが長くなるがCD値が良くなるため結果として432よりも速いクルマに仕上がっていた。

 240シリーズは、人気を博し、特にZGに人気が集中した。 がしかし、排ガス規制により、Zに搭載されていたL20、L24、S20のエンジンは、排ガス規制をクリア出来ないため、S20は生産中止、L24もZでは廃止、L20だけはEGIを取付けL20Eとして存続した。
 ZGの証拠であるプレートに付いている型式の最後のHの文字が付いた個体は少なく今でもマニアの間で時には一千万円を超えるほどの高額取引がされており、ニセモノをつくるオーナーも多い。

 2007年の秋頃急にZを作りたくなり、フロントノーズに苦労しながらも何とか創りあげました。
 少し強引なつくりかもしれませんが、組み立ててみて下さい。
 ノスっと 011(ZIP) ホワイト  NISSAN Fairlady 240ZG   1972   公開 2008.01.01(11歳)
 ノスっと 012(ZIP) ブラウン  NISSAN Fairlady 240ZG   1972   公開 2008.01.01(11歳)
>>> NISSAN Fairlady 240ZG 組立説明

 CELICA LB 2000GT
 1970年、アメリカでフォードムスタングが成功したスペシャリティカーというジャンルを開拓し、大人気を誇ったセリカは、1977年、初のフルモデルチェンジを決行した。
 このモデルチェンジの課題は、排ガス規制により、パワーダウンしたエンジンと重くなったボディーを一新する事であった。
 外見の特徴からは日本初となったフルウレタンバンパーや空気抵抗低減のための流線型のエアロダイナミクスボディー、内部構造としては、2000ccDOHCエンジンなどがあげられる。
 また、1977年のF1日本GPのオフィシャルカーとしてトヨタがセリカを出し、積極的にPRした。
 さらに、1978年4月には、フェアレディZ(S130)にに対抗すべく、拡大版のセリカXXを投入した。 がしかし、ボディデザインが不評となり、販売台数は伸びず1981年7月にAA61系にフルモデルチェンジする事になる。 そのため現存する個体は少ないが稀少車として扱われないため、高価取引もされない悲運の名車といえるだろう・・・
 今回は、F1日本GPのオフィシャルカーをつくるためについで(?)につくったノーマルセリカも公開します。
 組立が難しいかも知れませんが、頑張って下さい。 では。
 ノスっと 009(jpg) ホワイト               CELICA LB 2000GT   1977   公開 2007.05.09(10歳)
 ノスっと 010(jpg) JAPANGP OFFICIAL CAR  CELICA LB 2000GT   1977   公開 2007.05.09(10歳)
>>> CELICA LB 2000GT 組立説明

 SUBARU 1000
 1966年 FF水平対向など画期的なメカニズムをひっさげスバル1000は、デビューした。 その出来の良さは、すでに日本水準を超え世界水準まで達した。
 だが、先進技術を使い過ぎ、インボードブレーキなど修理屋に嫌われる構造まで採用してしまった。 クラッチを交換するには、エンジンをおろさなけれはならず、また、ブレーキパッドも替えにくい。 と言うことで、カローラ、サニーのようにバカ売れはしなかったものの世界中で評価された。

 このペパクラは、前から作りたかった1台なので、このように公開できて、うれしいです。
GTOやハチロクなどよりも少しデフォルメが強いです。

 作ったら、写真撮って投稿してくれるとうれしいです。
 ノスっと 005(jpg) シャンパンゴールド SUBARU 1000    1966          公開 2006.09.12(10歳)
 ノスっと 006(jpg) ピーチホワイト    SUBARU 1000    1966         公開 2006.11.04(10歳)
 ノスっと 007(jpg) ピーチホワイト    SUBARU 1000 スポーツセダン 1967  公開 2006.11.04(10歳)
 ノスっと 008(jpg) トロピカルレッド    SUBARU 1000 スポーツセダン 1967  公開 2006.11.04(10歳)
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     展開図001〜004までは、PDFファイルで公開しています。
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 MITSUBISHI GALANT GTO MR
 1969年にデビューしたコルトギャランシリーズに翌70年、追加グレードGTOが登場した。 このクルマは、1969年10月の東京モーターショーに出品されたギャランクーペGTX-1の量産型である。
 このGTOは、トヨタセリカと共に、大人気を博した名車です。 スポーツグレードMRの他にも、1700CCのモデルなど 様々なグレードが存在している。

今回は、おとうさんのリクエストで製作しました。
また、ミラーは、masaさんの許可を頂き、「プチF」のものを使わせて頂きました。 masaさんありがとうございます。
展開図本体だけでなく下にある「プチNバトル劇場」もお楽しみ下さい。
 ノスっと 004(PDF) 白赤 MITSUBISHI GALANT GTO MR    1970       公開 2006.07.03(10歳)
>>>GALANT GTO 組立説明 は、ノスっと 003を参考にして下さい。
>>>プチN バトル劇場

 TOYOTA SPRINTER TRUENO AE86 藤原とうふ店号
1983年カローラスプリンターは、フルモデルチェンジし、FFになり新しい歴史を踏み出した。
だが、走りを意識した「レビン・トレノ」は、FRを採用した。 エンジンは、新開発1600ccDOHC 4バルブ 4A-GEUと
1500ccSOHC3A-Uを搭載、現在でも「ハチロク」の愛称で親しまれている。

さて、プチN(プチのす)第3弾は、またもや[AE86 トレノ] !? 前に公開したAE86トレノの進化版です。
今回から、「ドアミラー」・「リトラクタブルヘッドライト」・「サンバイザー」・「リアのナンバーまわり」もさらにリアルな作
り込みが出来るようにしました。

タイヤは、原作同様、RSワタナベ。 藤原とうふ店の「ふ」の字は原作と書体を変えてあります。(映画実写版と同じ)
 ノスっと 003(PDF) とうふ屋 TOYOTA SPRINTER TRUENO AE86     1983       公開 2006.05.14(9歳)
>>>とうふ屋 TOYOTA SPRINTER TRUENO AE86 組立説明

 TOYOTA SPRINTER TRUENO AE86
1983年カローラスプリンターは、フルモデルチェンジし、FFになり新しい歴史を踏み出した。
だが、走りを意識した「レビン・トレノ」は、FRを採用した。 エンジンは、新開発1600ccDOHC 4バルブ 4A-GEU
を搭載、現在でも「ハチロク」の愛称で親しまれている。

さて、プチN(プチのす)第1弾は、[AE86 トレノ] !!
随分前に日記に書きましたが、修正所が多すぎて、一から創り直しました。
ノスっと 001 白黒 1983年 公開 2006.02.12
公開中止 2006.02.16
再公開 2006.03.29
(9歳)
ノスっと 002 赤黒 公開 2006.04.22 (9歳)