しかし少し見回せば、発見があります。
今年の春から二つの「記録」を撮りました。
一つは野川のカワセミです。
普通、国蝶と呼ばれるような大層な存在は、
大したものです。
堂々と滑空し、石の上で羽を休めました。
今年は何か良いことがありそうです。
と呑気なことをことを言っているうちに、大事な二人を亡くしました。
一人は父です。
晩年の子供に返った時代を除いては、
一貫して焦らず、怒らず、がっつかずの淡々とした
人生を送ったように思っておりました。
しかし、葬儀の会場で親戚から聴いたところでは、
昔は随分と細かいことで怒った癇癪持ちだったようです。
何事も、青春のまっただ中を費やした6年間の戦争体験が
大きな影響を与えていたようです。
60歳を過ぎて始めた山歩きがことのほか気に入って、
北アルプスからヨーロッパアルプスまで夫婦で出かけました。
このことでどうにか取り戻したものがあれば良いのですが。
写真は、山の師匠で、10年前に亡くなってしまった長谷川恒夫氏の
墓を訪ねて、パキスタンはフンザに行ったときのものです。
今頃、天国で長谷川恒夫さんと酒を飲んでいるのでしょう。
もう一人は、畑龍男先生です。
失礼ながら、私たちには「ハタ公」という使い慣れた呼び名が
あります。
しかし、この様なやくざな通称に似合わない、いつも端然とした
一教師であり、一バスケットコーチでありました。
数学の薫陶は受けた記憶がありませんが、バスケットボールの
技術について眠い目をこすりながら教わったミーティングは
今考えると贅沢な時間でした。
どこまでも合理的なスポーツといういい方が正しいかどうか
分かりませんが、一番の納得は堂々と勝つために何をやるか
ということでした。
「常に出せない力は実力ではない」という言葉は、その後も
わたくしを拘束し続けています。
こんなことを言いながら、ストイックに50歳から始めたテニスの道を
極めようと練習をしている姿は、やはりわれわれの背を押す
力を持っていました。
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