小さな幸せと訃報



今年も夏は暑い。
当たり前です。夏ですから・・・・・・

しかし少し見回せば、発見があります。
今年の春から二つの「記録」を撮りました。


一つは野川のカワセミです。
上流の野川公園から出張するカワセミには
前々からお馴染みでしたが、
今年の春には「カメラとカワセミの法則」が見事に破られ
ついにカメラの前にカワセミが存在したのでした。

ちなみに「法則」は、この10年間存在したもので
カメラを持っていない人にだけカワセミは存在する
という大変に難しい経験則でした。


で、次は小淵沢のオオムラサキです。

普通、国蝶と呼ばれるような大層な存在は、
相当にもったいぶって出てくるものですが、
なぜか小淵沢のオオムラサキは、
そんな通念を笑い、淡々とわれわれの目の前で
ショーを繰り広げました。

大したものです。
堂々と滑空し、石の上で羽を休めました。

今年は何か良いことがありそうです。


と呑気なことをことを言っているうちに、大事な二人を亡くしました。

一人は父です。

晩年の子供に返った時代を除いては、
一貫して焦らず、怒らず、がっつかずの淡々とした
人生を送ったように思っておりました。

しかし、葬儀の会場で親戚から聴いたところでは、
昔は随分と細かいことで怒った癇癪持ちだったようです。
何事も、青春のまっただ中を費やした6年間の戦争体験が
大きな影響を与えていたようです。

60歳を過ぎて始めた山歩きがことのほか気に入って、
北アルプスからヨーロッパアルプスまで夫婦で出かけました。

このことでどうにか取り戻したものがあれば良いのですが。
写真は、山の師匠で、10年前に亡くなってしまった長谷川恒夫氏の
墓を訪ねて、パキスタンはフンザに行ったときのものです。

今頃、天国で長谷川恒夫さんと酒を飲んでいるのでしょう。


もう一人は、畑龍男先生です。
失礼ながら、私たちには「ハタ公」という使い慣れた呼び名が
あります。
しかし、この様なやくざな通称に似合わない、いつも端然とした
一教師であり、一バスケットコーチでありました。

数学の薫陶は受けた記憶がありませんが、バスケットボールの
技術について眠い目をこすりながら教わったミーティングは
今考えると贅沢な時間でした。

どこまでも合理的なスポーツといういい方が正しいかどうか
分かりませんが、一番の納得は堂々と勝つために何をやるか
ということでした。

「常に出せない力は実力ではない」という言葉は、その後も
わたくしを拘束し続けています。
こんなことを言いながら、ストイックに50歳から始めたテニスの道を
極めようと練習をしている姿は、やはりわれわれの背を押す
力を持っていました。

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